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幕末明治翻訳文学史 第一巻
発売日 2022/10/31
判型 B5変型判 ISBN 978-4-336-06602-2
ページ数 433 頁 Cコード 0090
定価 28,600円 (本体価格26,000円)
海外文化の急激な流入に対峙した幕末明治の日本で決定的な役割を果たした文学や伝記の翻訳書について、社会・政治的背景をも視野にいれながらテーマごとに詳述するオールカラーの「目で見る」文学史。第一巻では、主に江戸期から明治19年頃までを対象とし、十返舎一九の手になる『ガリヴァー旅行記』の翻案、河鍋暁斎らが描いたイソップ寓話の挿絵・錦絵、自由民権運動を煽動した革命小説、現代の「で・ある」文体を準備した外国語リーダーの直訳、など17のテーマから幕末明治翻訳書の実像を探求する。
<刊行にあたって>(川戸道昭)
日本の近代文学は、西洋文学の翻訳を抜きにしては語れない。とりわけ、西洋の文学作品に範を置く新たな文学が日本の土壌に根を下ろす過程にあった幕末・明治期においては、翻訳文学は、新たな文学・文章を創出するための重要な指針となっていた。
実際、日本の近代文学は、西洋の小説や詩、劇、あるいはそれを構成する言語と真剣に向き合うことからはじまった。どうしたらそこに備わる精緻な思想や感情の描写を、あるいは言葉の響きやリズムを日本の言葉に移し替えることができるのか。彼らのそうした取り組みは、初めのうちこそ、西欧文学の本質が理解できず、試行錯誤の連続であったが、やがてその取り組みから、漢詩でもない和歌でもない、新たな形式の詩が生まれる。リアリズムに裏打ちされた新たな小説が出現する。従来の歌舞伎や浄瑠璃には見られなかった新たな自己表現法を伴う舞台芸術が開花していく―― 。換言すると、西欧文学の翻訳は、それまで日本に存在しなかった西洋起源の表現法に基礎をおく近代詩、近代小説、近代演劇を創出する重要な母胎となっていったのである。
このような重要な意味を有する翻訳文学でありながら、これまでその歴史的役割や意義と正面から取り組む総合的な研究があまりなされてこなかった。その証拠に、日本にはいまだ翻訳文学の歴史全体を俯瞰しうる通史というものがない。その理由は、一つには、そうした総合的な文学史を編むに足る基本資料がどこにも存在しないということが大きいと思われる。その欠落を埋めるべく、筆者は、四十余年にわたって基本資料の調査・収集に努め、それによって得られた情報・知識をもとに資料集や報告書、研究論文を随時発表してきた。
その集大成となすべく、二〇二〇年から『幕末明治翻訳書事典 文学・伝記・外国語リーダー篇』全三巻の出版を開始し、今回、新たに『幕末明治翻訳文学史』全二巻の刊行を開始するに至った。タイトルこそ異なるが、この二書は、ミクロ、マクロ双方の視点から、幕末・明治期の翻訳文学の実態と意義を検証した姉妹編ともいうべき書物である。一方は個々の作品を深く掘り下げ、一方はそれをつなぎ合わせて時代的背景や意義を検証する。そうした双方からのアプローチを通して、はじめて、近代日本文学史上における翻訳文学の果たした役割の全容がみえてくるというのが、編輯に当たっての筆者の基本的な考え方である。
『事典』の収録書は合計一〇〇〇編( 冊数にすると一三〇〇冊余)、木版、石版、銅版の挿絵もふんだんに掲載し、目で楽しめる事典とした。『文学史』においては、錦絵や彩色版画など書籍以外の一次資料も加え、計一千点余をオールカラーで掲載した。
本書の出版を機に、日本の近代化に大きく貢献した幕末・明治期の翻訳文学に、一人でも多くの方々が関心を向けるようになっていただければ、筆者としてこれ以上の歓びはない。
川戸道昭 (カワトミチアキ)
1948年、群馬県生まれ。1971年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1979年、中央大学大学院博士課程文学研究科英文学専攻満期退学。1992~94年年、イギリス・ヨーク大学客員研究員。1995年〜2019年、中央大学理工学部教授。2019年より中央大学名誉教授。
専門は、比較文学、幕末明治翻訳文学史。
主要著書に『明治のシェイクスピア』(大空社・ナダ出版センター、2004年)、『欧米文学の翻訳と近代文章語の形成』(同、2014年)など。主要編著書(榊原貴教氏との共編著)に『明治翻訳文学全集《新聞雑誌編》』全52巻(大空社、1996〜2001年)、『明治翻訳文学全集《翻訳家編》』全20巻(同、2002〜03年)、『図説児童文学翻訳大事典』全四巻(大空社・ナダ出版センター、2007年)、『図説翻訳文学
総合事典』全五巻(同、2009年)ほか。
2002年、『日本におけるシャーロック・ホームズ』(共著、ナダ出版センター、2001年)で第二四回日本シャーロック・ホームズ大賞受賞。2004年、『明治のシェイクスピア』(ナダ出版センター、2004年)で第19回豊田實賞(日本英学史学会)受賞。
はじめに
◆第一部 江戸期
第一章 イソップ寓話
1 「エソポのファブラス」――現存最古の邦訳イソップ寓話
2 古活字本から整版絵入本へ――江戸初期のイソップ寓話
3 イソップ寓話を受け入れた江戸の出版文化――江戸中期〜後期の噺本
4 多様化するイソップ寓話――幕末期の受容
第二章 ガリヴァー旅行記
1 十返舎一九の『新製小人嶋廻』
2 ガリヴァー型巡島記の系譜
第三章 ロビンソン・クルーソー
1 黒田麴廬訳『漂荒紀事』
2 横山保三訳『魯敏遜漂行紀略』
第四章 江戸の西洋偉人伝
1 西洋偉人への関心の高まり
2 黒船来航以前のナポレオン伝
3 小関三英の『那波列翁伝初編』
4 小関三英から吉田松陰へ――攘夷派の国防論に与えた『那波列翁伝初編』の影響
◆第二部 明治期I(明治元~十九年)
第五章 西洋の偉人と近代国家の形成
1 国民国家形成の手引きとしての『西国立志編 原名自助論』
2 歴史書における西洋文学者の紹介
3 日本陸海軍の近代化を先導した西洋の偉人
4 『泰西 勧善訓蒙』とフランクリンの十二徳
5 フランクリンから昭憲皇太后へ――十二徳普及の要因
6 日本人の勤勉の徳を育んだ「金剛石」の歌
第六章 西洋に学ぶ―近代児童文学のはじまり
1 初等教育の近代化を支えた外国教科書の翻訳
2 「修身口授」書としての西洋偉人伝
3 英語リーダー中の西洋童話
第七章 黎明期の翻訳文学
1 『魯敏孫全伝』出版の謎
2 渡部温『通俗 伊蘇普物語』
3 少女も読めるアラビアンナイト
4 『天路歴程』ほか一編
第八章 翻訳小説ブームの到来
1 『欧洲奇事 花柳春話』の原作
2 丹羽純一郎の翻訳
3 『欧洲奇事 花柳春話』流行の要因
第九章 西欧ミステリーとの出会い――本邦初の推理と謎解き
1 ディケンズ編集の雑誌に載った推理小説
2 「奇談」と「鬼談」――西洋ミステリーの初紹介
第十章 科学熱とSF小説・未来小説
1 『ピーター・パーレーの万国史』――気球に象徴される時代の機運
2 井上勤訳『九十七時二十分間 月世界旅行』の衝撃
3 『開巻驚奇 第二十世紀未来誌』――空間移動から時間移動へ
第十一章 自由民権運動と革命小説
1 始まりは未来小説――『開化進歩 後世夢物語』
2 ヨーロッパ政治革命への強い関心
3 宮崎夢柳の虚無党小説
4 七十年後のフランス革命
第十二章 新体詩
1 新体詩ブームの先駆け――『新体詩抄』
2 翻刻本の出現
3 軍歌になった「ハムレット」――変貌する新体詩
第十三章 西洋演劇の受容―シェイクスピア劇、その他
1 シェイクスピア劇紹介の始まり
2 脚本仕立てのシェイクスピア――河島訳と坪内訳に見る初期劇文体の変遷
3 仮名垣魯文の再挑戦――操曲浄瑠璃風「葉武列土倭錦絵」
4 紙面から舞台へ――宇田川文海『何桜彼桜銭世中』
5 ラム姉弟『シェイクスピア物語』の翻訳
6 シェイクスピア劇以外の翻訳(一)――河竹黙阿弥「人間万事金世中」
7 シェイクスピア劇以外の翻訳(二)――前田正名『日本美談』
第十四章 明治前半のジャーナリズムと翻訳小説
1 主流は政党機関紙を中心とする政治小説
2 矢野龍渓の新機軸
3 矢野龍渓から徳富蘇峰へ
第十五章 教育界における西洋文学の受容
1 ジェームズ・サマーズの英文学講義
2 ウィリアム・ホートンのシェイクスピア講義
3 明治十年前後の原書の流入状況
4 外山正一と東京大学刊行英語テキスト
5 英語リーダーの普及と外国児童文学
第十六章 翻訳と近代文章語の形成
1 外国語リーダーの「直訳」と新文体の発達
2 欧米文学の翻訳と新文体の創造
第十七章 翻訳文学書に見る装丁と挿絵の変遷
1 和本から洋本へ
2 近代版画の歩みを伝える貴重な媒体
***
註
あとがき
掲載図版一覧
索引(人名/書名・作品名/事項)
日本近代精神の形成に決定的な役割を果たした幕末明治の翻訳書。なかでも広い読者を獲…