ブックタイトルtaninaka_yasunori

ページ
13/18

このページは taninaka_yasunori の電子ブックに掲載されている13ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

taninaka_yasunori

ブックを読む

Flash版でブックを開く

このブックはこの環境からは閲覧できません。

概要

taninaka_yasunori

000『白と黒』は、毎号、ひとり一、二枚ずつ持ち寄った版画が収録されたのだったが、唯一の例外が第41号の谷中安規特集号である。あとにもさきにも『白と黒』をひとりの版画で埋めたのはこの号だけである。料治熊太が取材のために朝鮮に旅行していたときに料治家の留守番役も頼まれた安規が、一冊分全作品を自らの作品で埋め編集したものである。表紙と裏表紙とともに安規作品で飾られ、中には10点の作品が綴られている。それぞれ独立した作品であるが、全体として見ればひとつのまとまった作品集というべきもので、安規のもっとも代表的な作品のひとつである。 《一族の長》、《鍵》、《瞑想氏》などに見られる怪奇趣味的な場面は、もっとも特徴的な表現であろう。《可愛い龍》では龍に食べ物を差し出す子供、《観覧車》の遊園地で手をつなぐ三人の子供たちがいるこの楽園世界は後半生の安規を暗示するものである。《虎ねむる》の隅に座る胸に子供を抱いた母子の姿は、安規の願望でもあったのかもしれない。そして《うすむらさき》、《花は花》にいるカンバスに向かう人は安規自身であろう。 その一方で頻繁に出てくる自転車、飛行機、飛行船、汽車などはマシンエイジの象徴でもあるし、キュービックな建造物や街の様子はモダンな東京をイメージしたものである。そして、これも安規の特徴である、複数の場面をひとつの画面に構成する方法もとられている。それらがどのように関連しているのかは判然としない箇所も多いが、時間的経過を感じるのではなく、むしろ映像のフラッシュのようにいくつかの光景を連続で見せられた感じ、あるいは複数の舞台でそれぞれ演じられている場面といったほうがよいかもしれない。 この第41号には後日談がある。この留守中に安規は、自らの動静を旅行先の料治に、「しっかりるすばんをしておりそろ」などと葉書で頻繁に伝えている。10月9日の文面はこんな感じだ。「無事到着の事と存じます/御出立後、雨ふりつゞき、小生も昨日より/自分の仕事にとりかゝりをります/昨日は突然出現と云ふていたらくで/棟方先生が見えられて、半日程話し込むで御かへり遊ばした。愉快な出/現です。昨日はお祭りと見え、太鼓の音が/とんとんトンです。では、まゆみさんや/赤ちゃんや、パパさんにママさん、第二信のおはり」 しかしながら、料治夫人花の想い出によると、旅行から帰ってみると、流しは安規が頻繁に淹れたコーヒーの滓で詰まっており、花の大好きだった庭の無花果の木は、安規が登ったせいで大枝が折れていた。しかも荒縄で申し訳程度に縛り付けられただけの無残な姿であった。さすがの花も堪えきれず文句を言うと、留守番をしたのにそんな言われ方はと、普段は大人しい安規が珍しく怒りだしたというのである。 この頃に撮影された写真が一枚残されている。1933年(昭和8)の正月、料治熊太の家での一コマである。後ろに料治の研究対象であった民芸品や文楽人形が吊るされている部屋で、『白と黒』の面々が集っている。川上澄生、平塚運一、深沢索一、小川龍彦らである。彼らは『白と黒』の主要メンバーであると同時に、日本の近代版画の中心的な役割も果たしていた。そのなかに料治熊太とともに右端にはちょこ然と安規が、その膝の上には料治の娘真弓をのせている。花に小言を言われながらも、安規がもっとも充実し、揚々としていた時期ではなかったろうか。『白と黒』第41号